2009年05月21日

お〜楽しみだ!

http://www.barks.jp/news/?id=1000049528

久々にマリリン・マンソンのアルバムが出るらしいね。

『アンチクライスト・スーパースター』
『メカニカル・アニマルズ』
『ホーリー・ウッド』

までしか聞いていないがその時のメンバーが復帰したらしいので楽しみである。

リンキンやマンソンを聞き始めたのが高校生の時だからかれこれ7〜8年も前か・・・
posted by 成田仁齋 at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年05月05日

今日で五年目ですね。

岡崎律子さん。

貴女の曲を聴く機会が少なくなってしまいました。

今日久しぶりに貴方の歌を聴きました。

最近何事も上手く行かなくて塞ぎがちな心に歌詞が声がすぅーっと染み込んで来ました。

思わず泣きそうになりました。

壊れそうな心をいつも大事な所で救って下さって感謝しきれないです。

去年も言いましたが相変わらず僕は変わっていません。

それどころか新たな事をするのを怖がっています。

まだまだ貴方の歌を糧に生きていても良いですよね?

甘えた事を言ってすみません。

でももう少しだけ、もう少しだけ支えにさせて下さい。

ごめんさない、そしてありがとうございます。

このwebの世界が貴女のいる世界に繋がっていてる事を願って
   2009年 5月5日    成 田 仁 齋
posted by 成田仁齋 at 23:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月05日

5月5日。

今年もこの日が来ました。

岡崎律子さん、貴女が亡くなって今日で四年という月日が経ちました。

辛い事があると貴女の曲を聴いて力を頂いています。

僕はやはり相変わらずなままです。
変わるという事は簡単であり難しい事だと思います。

でもまだ諦めません。
もっともがいて頑張って生きます。

いつも貴女に助けて貰っていますね。

ありがとう。

この言葉が貴女に伝わる事を祈って
2008年 5月5日 成田仁齋
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2006年05月05日

今日と言う日

ある所に一人のシンガーソングライターの女性がいました。
彼女の歌声は私の存在を許してくれる様な気持ちにしてくれました。
三年前の2003年の秋過ぎ、私は途方にくれていました。
高校を卒業して何をしていいか判らずに歳月の流れに身を任せてた時代。
夏前には相次いで両親が入院しました。
その夏にangelaの歌に活力を貰い頑張ってなんとかやってきました。
友人たちの姿存在が励みになっていました。
彼らと共に行動をしていなかったら辛さから逃げる事が出来なかった。
しかし羨ましくて、妬ましかった。
同時に彼らと共にいて疎外感に囚われていた。
新しい学校やそこで出来た友人の話、私の友人達は未来に生きていたから。
そんな自分がとても愚かで醜い生物に思えた。
これ等の事が重なって生きている意味を見失っていた。
よくある「生きていても意味のない存在」と間違った答えに辿り着いていた。
就寝前に寝付けなくて、この事ばかり考えていた。
そして自然に涙していた・・・。私の心は風前の灯だった。
ずっと誰かに自分の存在を許して欲しくて、高谷奈月の「フルーツバスケット」を読んでいた。
ふとTV番になった時の主題歌を聞きながら読もうと思った。
岡崎律子」さんのfor フルーツバスケットだった。
「ここに生きている意味がわかるよ、生まれおちた歓びを知る」
聴いた瞬間に気持ちが和らいだ。また泣いた。今までとは違った涙だった。
自分が間違っていた事に気付けた。
これ以降私は壊れそうになるといつもこの曲を聴いて思い出した。

 翌年今の学校に入学した。
 私は「林原めぐみ」さんの二つやっているラジオのどちらかでこの年の六月くらいに彼女のニューアルバムが出る事を知って買おうと思いました。この時はお金ができた時にでも買おうと言う軽い気持ちだったのも確かでした・・・。(良いファンではないですね、ごめんなさい)
 ゴールデンウィークを楽しく過ごし学校もなれてきていました。
 (驚きで記憶が曖昧なのですが)翌週のラジオを聴いていました。電波状況が最悪でノイズ交じりで途切れ途切れだったのです。
そこで確かに林原さんの声で「去る五月五日に岡崎律子さんが敗血症のためにご永眠されました・・・と聴こえて来ました。
 一瞬何を言っているのか判りませんでした。聴こえていたのに「誰か別の人だよ」と自分に言い聞かせました。でも心配になり調べて見ると彼女のホームページにその通りの真実が書かれていました・・・。その後講師の柏崎氏に話をして確か「喪に伏す」の話をしてくれた。(すみません、ショックで上の空状態で話してました)
 しかし日々を過ごしていると彼女の「死」が私の中で着実に根付いていました。
 その事を説明すると少し脱線するが映像論で見た「トップをねらえ!ののり子が、スミスが死ぬ所を見ていない事で、そこで彼が死んだという実感が全く無く戦艦に帰って初めて彼が不在である事によって死を感じたのであろう。
 しかし不在による死というものは、人の心に深々と刺さって抜けない棘となる。それは自分の眼で想う人の死ぬ姿や遺体を見る事でその人物が本当にもう死んでしまったと認識する事で時間が掛かるがその人の死を受け入れられるのだが、不在による死は死ぬところ見られず、遺体すらないという状態で「あの人はすぐに元気な姿を現すのでは?」と空虚な希望を抱き、戻って来ないことによって死んだと感じるがまた「帰ってくるんじゃないか?」と思いそしてまた永遠に同じ事を繰り返す悪循環になるからだろうとレポートを提出したのですが、この事と原理は一緒だからだと思うからです。現に私は彼女の最後の姿を見ていません・・・。

 話を戻します。
 彼女の最後のアルバムfor RITZはスタッフ方の手により暮れの十二月に発売されました。最初は買う気が全くありませんでした。彼女の歌声を聴きたくなかったからです。しかし発売直後にCDを見つけてしまい、どうにもならずに購入してしまいました。
 帰ってから早速聴くと悲しさのあまり泣きました。しかし月日が経ちアルバムを聴き直すとあの時の包み込む様な優しさに気付いたのです。

岡崎律子さんの「死」は未だに私の心の中に重く残っています。
でもそれは悪い意味では無くなってきています。
悲しむだけなんて彼女に失礼です。
彼女の歌っていた言葉の意味がおぼろげに判って来た気がします。
あなたが教えてくれた事を心に抱き生きていきます。
今の私がこうしてまた笑って生きているのは、友人、恩師、そして岡崎律子さん貴女のおかげです。
ありがとう

このwebの世界が貴女のいる世界に繋がっていて、メッセージが伝わっている事を願って
         2006年 5月5日  成田 仁齋


岡崎さん本文中で貴女の歌詞を掲載させて貰いましたが、この位なら許してくれますか?

最後に皆さんこの読みづらい文章を最後まで付き合って下さいまして、ありがとうございました。
posted by 成田仁齋 at 21:41| Comment(0) | TrackBack(3) | 音楽 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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